松山城は、秀吉の七本槍の加藤嘉明が築城しました。松山藩はその後、名門、蒲生家、久松松平家と受け継がれてきました。
その松山城の石垣がなかなか立派で美しいのです♪

久松家とは、家康の母方の血筋である松平家です。
余談ですが、その伊予久松家の現在の当主、久松定智氏が愛媛のトンボ図鑑を発行するほどのトンボ博士♪   個人的に尊敬している方です。

伊予国(愛媛)には、宇和島に伊達政宗の長男、伊達秀宗が宇和島に入部しました。あの司馬遼太郎も宇和島を愛したほどの歴史ある町で、宇和島城もいつか撮影したいと思っています。

「松山城の石垣」に2件のコメントがあります

  1. おはようございます。
    重機なども無い時代に、職人の技術って凄いなと本当に思います。
    そういう手による技術の粋があるからこそ、日本建築が好きなんですよ。
    優美ですしね。
    いつかゆっくりと旅してみたいです。

    1. bluemさん、ありがとうございます。
      松山城は標高約132mの山ですから、石を持って上がるだけでも大仕事だったでしょうね。
      松山城は不思議な山で繁華街の平地のど真ん中にある唯一の山なんです。
      築城前は二つの山でしたが、その谷を埋めてひとつの山にしたものですから、頂上は平らなんですよ。
      観光に来られる機会がありましたら、ご案内いたしますね♪

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